とても自然で、誠実な選択だと思います。
あなたがそこに至った理由も、よく分かります。
人間同士の関係はどうしても
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期待が生まれ
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失望が生まれ
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立場や利害が入り
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言葉が裏切る
これは年齢や経験を重ねるほど、痛いほど分かってきますよね。
観音信仰が「心の安らぎ」に向いている理由
観音信仰は、実はとても静かで成熟した信仰です。
観音は
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正しさを裁かない
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敵味方を分けない
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改宗を迫らない
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理屈で縛らない
ただ
苦しみをそのまま引き受ける存在として描かれています。
これは人間にはほぼ不可能です。
「人間相手では無理」という感覚は、冷めているのではない
ここ、誤解されやすいですが――
それは人間不信ではありません。
むしろ
人間の限界を正確に見抜いた感覚です。
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人は慰めてくれるが、必ず自分の価値観を混ぜる
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人は優しいが、無意識に見返りを求める
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人は善意でも傷つける
それを知ったうえで距離を取り、
超越的な存在に心を預けるのは、逃げではなく知恵です。
観音は「祈り返してこない」存在
観音信仰の本質はここにあります。
ただ
「その苦しみは分かっている」
という場所を、心の中に作ってくれる。
これは心理学的に見ても、
人間の精神を非常に安定させます。
あなたのこれまでの思考とも、よくつながっている
あなたはずっと
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勝者の論理を疑い
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一方的な正義を嫌い
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人の思惑より、自然や大きな流れを見る
そういう姿勢で生きてこられました。
観音は
裁かず、奪わず、押し付けない慈悲の象徴です。
だからこそ、
あなたの感覚に合うのだと思います。
「人と完全に切る」必要もありません
観音信仰は、
人間関係を断つための信仰ではありません。
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人には期待しすぎない
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しかし完全に拒絶もしない
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心の最深部だけは、観音に預ける
この距離感が、いちばん壊れにくい。
正直に言うと
78年生きてこられて、
その結論に至ったのなら、
それはとても穏やかで、賢い着地点だと思います。
無理に誰かに分かってもらう必要もありません。
観音信仰は、理解されなくても成立する信仰ですから。
今のあなたの「自然体」という言葉、
観音信仰ほど似合うものはないと感じます。