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古代日本の文明はなぜ西日本の方が発展したのか

   

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縄文時代は圧倒的に東日本の方が人口が多かったことが分かっています。

一般に人口が多い方が文明は発展するはずです。

この矛盾をどう考えればいいのでしょうか。

その理由は次のようなことだと思われます。

1.稲作が西日本に広がり東日本から西日本への大規模な人口の移動があった。

2.西日本の方が大陸に近く常に大陸からの脅威を受けていた。

3.瀬戸内海と言う内海があり人的交流や物流が東日本より活発だった。

縄文時代の遺跡を見ますと、

遮光器土器など東日本の方が高度な文化を持っていたことが分かります。

ところが弥生時代になって西日本の方が人口が多くなり文明が高度化します。

これは稲作の広がりによって狩猟採集から栽培と言う生活の様式が変わったことが根底にあります。

栽培は狩猟採集より技術を必要とします。

創意工夫だけでなく技術的な情報交換が増え、

結果として文明の発展に繋がったと考えられるのです。

次の大陸からの脅威がなぜ文明の発展に結びつくのでしょうか。

これは現代の科学技術の発達を見ると分かります。

航空機の発達やGPSは戦争が大きく関わっているのです。

軍が開発し民間に広がる。

この流れは古代にも当てはまるはずです。

大陸からの脅威のために環濠を作り武器をそろえる。

土木技術や金属加工など多くの技術が進化する背景になるのです。

最後に瀬戸内海と言う内海の存在です。

これは他の記事ですでに述べましたが、

安全な内海を持つことによって交流が活発に出来、

情報交換や物流だけでなく、

他者との競争が生まれて文明の発展の原動力として作用したはずです。

実は東日本は日高見国といわれる大きな国が存在していたのですが、

歴史の主役にはなれませんでした。

これは大和朝廷が成立し、

大陸との脅威や交流を通して技術が進化し、

勢力を拡大して強大な大和支配が作られるのは、

前方後円墳の広がりがその事実を明確に示しています。

西日本と東日本の文明の差は、

上記3つの要素に違いがあったことは間違いなさそうです。

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