白村江の戦いで朝鮮半島の遺伝子が入れ替わった
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現在の日本人と韓国人の遺伝子関係は、
男性は異なる
女性はほぼ同じ
と言うことが分かっています。
男性の遺伝子はY染色体を見ればわかります。
これは男性のみが持ち、
父親から息子へと男だけに引き継がれるからです。
日本人のY染色体には縄文系のⅮ系統が多く含まれますが、
韓国人にはこの系統がほとんど含まれていません。
すなわち韓国人男性は縄文の遺伝子を持っていないと言うことです。
一方女性はどうでしょうか。
女性の遺伝子はミトコンドリアの遺伝情報を見ればわかります。
この遺伝子は母親から娘に引き継がれるため女性の遺伝子ということができます。
日本人特に九州人女性と韓国人女性はこの遺伝子がほとんど同じなのです。
ではなぜこのような関係になったのでしょうか。
韓国国立中央博物館から出されている古代史朝鮮年表を見ますと、
約12000年前から約7000年前の約5000年間が空欄になっており、
この間の遺跡が見つかっていないことが分かります。
すなわちこの間半島には人がほとんど住んでいなかった可能性が高いのです。
ところが約6000年前になって、
九州の土器によく似た櫛目紋土器が作られ始めるのです。
九州では約7300年前に南九州でアカホヤの大噴火が起こり、
南九州で人が住めない状態になったことが、
鹿児島の上野原遺跡の地層調査で明らかになっています。
ここの住民はどこに行ったのでしょうか。
それは土器の年代を見ればわかります。
上野原遺跡の土器は約8000年前のものですが消滅し、
北部九州で約7000年前の曽畑式土器が多く出土しているのです。
これは南九州の住民が北部九州に疎開したことを示唆しています。
しかしこの土器も約6000年前の縄文海進の頃に見られなくなり、
住民がどこかへ移動したことを表しているのです。
さて北部九州の住民はどこに行ったのでしょう。
そうです朝鮮半島に渡った可能性が高いということです。
もしそうだとしますと、
古代朝鮮半島の住民は九州から渡った縄文人の可能性が高いことになります。
古代朝鮮の遺跡から九州で使われていた土器だけでなく、
つりばりなど多くの遺物が見つかっているからです。
また頻繁に交流していたのになぜ言葉の障害を伺わせる記録がないかなど、
多くのことで納得させられるからです。
しかし初めに述べたように男性の遺伝子は韓国人に変わっています。
どこかで入れ替わったはずです。
この可能性が高いのが白村江の戦いではないかと思われるのです。
白村江の戦は新羅と唐の連合軍が百済を攻撃した戦いです。
大和朝廷は百済救出に向かいましたが最終的に大敗北をしました。
その後統一新羅が半島を支配し、後の高麗、李氏朝鮮と繋がったのです。
さて統一新羅の住民は何語を話していたのでしょうか。
続日本紀に新羅と交渉するために若者に新羅語を習わせた。
とあることから新羅語は日本語では無かったことが分かります。
3国時代までは言葉の障害を記録した証拠が見つからないことから、
白村江の戦いで言葉が変わった可能性が高いということです。
住民は通常余程のことがない限り言葉を変えることはありません。
言葉を変えるのは支配者が変わる時だけです。
アメリカ大陸やハワイの人たちが英語やスペイン語を話しているのは西欧人に支配されたからです。
結局朝鮮半島の住民は韓国人の支配によって日本語から韓国語に変わったということです。
この出来事が白村江の戦いではなかったかと言うことです。
半島にほとんどY染色体Ⅾ系統が無くなっているのは、
ほとんどの日本人男性が排除されたからではないでしょうか。
女性は排除されずに支配されたから遺伝子はそのまま残った。
結局男性の遺伝子は異なるが女性の遺伝子はほぼ同じと言う、
現在の遺伝子関係になったと思われるのです。
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