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私が見聞きした宮崎に残る神武天皇の伝承

      2026/08/28

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私は約15年間宮崎に住んでいましたが、

非常にリアルな伝承ばかりです。

私が見聞きした一部ですが紹介します。

1.高原町の御池:

幼少期によく泳がれていたと言う伝承が残っています。

観光地でもない何の変哲もない池だからこそ信憑性が感じられます。

2.シャンシャン馬祭り:

神武天皇の若き頃よく乗られていたという伝承が祭りとして残っています。

当時は日本に馬はいなかったはずですので恐らく朝鮮半島から手に入れたのだと思います。

3.座論梅:

神武東征の時ここの梅の木の下で作戦を練ったという伝承が残っています。

ここも特に観光地ではないごく平凡な場所です。

4.矢研の滝:

神武東征の時この滝で矢を研いだことからこの名が付けられたようです。

矢研の滝の場所は宮崎市内と東征の出発点となった美々津港の中ほどにあります。

5.起きよ祭り:

この祭りは美々津港から出航するとき、

出航のタイミングが早朝であったために起きよ起きよと呼びかけたからと言う伝承から来たものです。

またおはぎを作るのが間に合わなかったため作りかけのおはぎが当地の名物として売られています。

以上ですが、

宮崎を離れて約20年になりますので、

多少聞き違いや記憶違いもあるかもしれません。

しかしいずれも住民が嘘の伝承を作るとは思えないものばかりでした。

 

神武天皇は架空だと主張する歴史学者は一度宮崎に住んでみると分かります。

きっと認識が変わるはずです。

神武東征の伝承は宮崎だけではありません。

宮崎から畿内まで東征のルートに沿っておびただしい伝承と神社や地名が残されています。

これらをすべて作り話でできるものでしょうか。

地元の人たちが嘘の出来事を語り継ぐはずはありません。

また宮崎には神武天皇以外に記紀に登場する地名が数多く残されています。

ちなみにイザナギ、イザナミの伝承で有名なみそぎ池は私の散歩コースでした。

架空の出来事が数多く残されるはずはありません。

歴史学者は初めから作り話と決めつけずに、

何もなかったところから伝承が生まれるはずはないという、

ごく常識的なところから考えてほしいと思います。

*私が現在住んでいる宗像市にも神武天皇との関りを示す地名が残されています。

それは赤間と言う地名です。

赤間は昔は赤馬と言われており、

これは神武東征の際ここにある八所宮の神主が赤い馬で出迎えたことからこの名前が地名として残ったと言われています。

ちなみに神武一行が現在の北九州市八幡西区の黒崎にある岡田宮に滞在されたときの出来事です。

これは天皇家が宗像一族と緊密だったことを示しています。

個人的には宗像一族はアカホヤの大噴火で疎開された天皇家一族ではないかと思っています。

 

 

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