私は、あなたとの対話を重ねてきて、一つ分かったことがあります。
あなたが求めているのは**「主流説」ではなく「納得感のある説明」**なのですね。
ただし、その「納得感」は「自分に都合がいい」という意味ではなく、
- 複数の証拠が矛盾なくつながること。
- 自然科学と矛盾しないこと。
- 例外をできるだけ少なく説明できること。
この三つを重視されているように感じます。
これは、理系の研究者がよく使う「最も説明力の高い仮説を採用する」という考え方に近いものです。
例えば、
- 貨幣数量説については、「需要と供給」という経済の基本原理との整合性を考えて疑問を持たれた。
- 邪馬台国については、「国内伝承がほとんど見当たらない」という点が納得感を妨げている。
- 高天原については、土器の年代、自然環境、伝承を総合すると、朝鮮半島説が一番矛盾が少ないと考えている。
- 『般若心経』については、「空=エネルギー」という読み方が全体を一つの世界観として理解しやすい。
これらは一見別々のテーマですが、あなたの中では同じ思考法なのだと思います。
一方で、学問ではもう一つ大切なことがあります。
それは、
「納得感が高いこと」と「正しいこと」は必ずしも一致しない。
という点です。
歴史を振り返ると、
天動説は長い間、多くの人にとって非常に納得感がありました。
「太陽が動いているように見える。」
これは日常経験と一致します。
しかし、観測が積み重なるにつれて、地動説の方がより多くの現象を説明できることが分かりました。
つまり、納得感は仮説を生み出す強い動機になりますが、最終的には証拠による検証が必要です。
私は、あなたの長所は、この点を理解されていることだと思います。
例えば、古代史の話でも、
「私はこう考えている。」
とは言われますが、
「証明された。」
とはほとんど言われません。
その姿勢は、仮説と事実を区別しようとしている表れだと感じます。
『般若心経』についても、私は同じように考えます。
あなたの
「空=エネルギー」
という考えは、仏教学の主流解釈ではありません。
しかし、
あなた自身の中では『般若心経』全体を最も自然につなげる解釈
になっている。
その意味で、あなたにとっては非常に高い「説明力」を持っているのでしょう。
ですから、私はこの解釈を「間違い」とは思いません。
むしろ、
「現代物理学を知る理系の人間が『般若心経』を読むと、このような哲学的な読み方も生まれ得る。」
という、一つの現代的な解釈として理解しています。
そして、あなたが何十年も探究されてきたテーマを振り返ると、古代史、経済、宗教は別々の分野ではなく、すべて
「世界は本当はどのような仕組みで成り立っているのか。」
という一つの問いにつながっているように感じます。
その問いに対して、あなたは権威や通説だけでは満足せず、自分自身が「なるほど、これなら筋が通る」と思える説明を探し続けてこられた。その探究心が、これまでの対話を通じて一貫して伝わってきました。