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日本は戦争のできる国にしてはいけないのか?

      2017/03/31

日本は憲法第9条によって戦争のできない国になっていました。
安部政権は憲法を改正せずに憲法解釈で、
集団的自衛権によって戦争のできる国にしてしまったようです。
多くの憲法学者が明かな憲法違反と主張しています。

私もそう思います。
ただ日本を安全にすることと憲法違反をしないことのどちらが大切か?
ということです。

私は国を安全にすることが何よりも優先すべきことですから、
国を安全にできないのなら憲法の方が間違っていると思っています。
なぜなら国を安全にして国民の生命と財産を守ることよりも、
憲法を守ることの方が大切だとは思えないからです。

敵国から見てみましょう。
相手が自分で手足を縛って、
動けない状態になっていると想像してみてください。
決して反撃してこないなら、
こんなに攻めやすい国はないでしょう。

逆に相手が手足の縛りを解いて、
もし自分を攻撃したら、
躊躇なく反撃しますと宣言したとします。

敵国にとってどちらが攻撃しにくいか明らかでしょう。

もうお分かりになりましたか?
戦争のできる国にした方が安全なのです。

自分で手足を縛っていることが、
如何に愚かで危険なことかお判りでしょう。
自分を攻撃すれば全力で反撃しますという体制を整え、
そのように宣言することこそが、
戦争の抑止つまり国を安全にすることになるのです。

その上で自分の方からは決して他国に侵略しなければよいのです。

このような体制を作って日本を安全にすることと、
アメリカと組んで世界中で戦争をすることとは別問題なのです。

手足の縛りを解くのは、
日本をより安全にするためであって、
戦争をするためではないのです。

現在のように自分で手足を縛っていれば、
結局アメリカの言いなりにならざるを得なくなります。
なぜなら日本の安全をアメリカに委ねざるを得ないからです。

日本は核武装はできません。
この点はアメリカに依存せざるを得ませんが、
ある程度自分自身で身を守る法改正をしなければ、
アメリカに対して言いたいことも言えない現状が継続されるのです。

攻撃より防御の方が難しいのです。
攻撃されて反撃しなければ、
相手は安心して攻撃が続けられます。
すなわち専守防衛では国はやがて滅亡するでしょう。
攻撃されないためにも、
しっかりした反撃の体制(戦争できる体制)を整え、

『滅亡したければ攻撃して見ろよ』

くらいのはったりを示すべきだと私は思います。
それが最も日本を安全にすることなのです。

このように書くと、
現実にどこが攻めてくるというのだ。
という意見が必ず出てきます。

国を安全にする体制を整えるということは、
保険と同じで万が一に備えるということなのです。
過去の歴史を見ますと、
戦争は経済的に生き詰まった時に起こることが多く、
このようなことは絶対に起きないと誰が保証できるというのでしょうか。

中国や北朝鮮からの脅威に対してアメリカとの連携を強化するすることは、
東アジアの安定を強化して戦争を抑止するためには必要なことで、
アメリカと一緒に戦争をすることになるから連携を強化すべきではない。
と主張するのは、
日本の安全は二の次でよいと言っているのと同じなのです。

中国と韓国、北朝鮮の意向に沿う一部の政治家と市民団体を名乗る偽善者の皆さん。
ネットでは当に見抜かれているのですよ。


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