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古代日本史の根本的な間違い

      2019/11/08

国の歴史はその国の成り立ちを解明するだけでなく、
国民にとっては国民としての自覚や誇りの源となるなど、
非常に大事な意味を持っています。
もしそれが根本的に間違っていたとしたら、
国民にとってこれほど不幸なことはありません。

ここでは日本の出発点である古代日本史の、
根本的な大きな間違いを2つ指摘したいと思います。

間違いその1.日本の文明は大陸から渡来人によってもたらされた。

間違いその2.邪馬台国と卑弥呼が日本の成り立ちの出発点になっている。

順に解説します。

間違いその1.日本の文明は大陸から渡来人によってもたらされた。

九州と朝鮮半島の縄文土器の年代を比較しますと、

九州南部   約8500年前  上野原遺跡など
九州北部   約7000年前  東名遺跡など
朝鮮半島   約6000年前  櫛目文土器

九州南部の土器は7300年前のアカホヤの大噴火で消滅し、
直後に九州北部で7000年前の土器が出土しています。
これは九州で南から北へ住民の移動があったことを示唆しています。

ところがその後縄文海進が起こり九州北部で低地の集落が水没したのです。
佐賀の東名遺跡は当時の状況を表しています。
すべてが泥に埋まった状態で発見されたのです。
その後九州北部の土器は無くなり、
約6000年前から朝鮮半島で北部九州の土器によく似た櫛目文土器が出土し始めます。
これは九州の縄文人が朝鮮半島に移り住んだことを示唆していると言えます。

以上から明らかに、
九州南部→九州北部→朝鮮半島
という縄文人の大きな移動があったと言うことです。

これは明らかに従来の説とは逆の流れです。

*古代朝鮮の住民が大陸からやってきたという従来の説は明確な根拠が示されていません。朝鮮半島の櫛目紋土器がウラル系の遼河遺跡にもあることから半島の住民はウラル系だといわれていますが、遺伝子が違う( ウラル系のy染色体はℕ系統であるのに対して韓国はO系統)ことや当時水資源が豊かだった遼河から水資源の乏しい朝鮮半島にわざわざ移り住むとは考えにくいのではないでしょうか。櫛目紋土器は縄文人が渡ってから真似たのではないでしょうか。

縄文時代は西日本の人口は極端に少なく、
弥生時代になって爆発的な人口増加があるのは、
自然増というより大陸に渡っていた縄文人が、
弥生時代になって縄文海進が終息したために戻ってきたと考えるのが自然な気がします。

以上から、
日本の文明は外国人である渡来人によってもたらされたのではなく、
日本の縄文人が大陸に渡って自ら作り上げた可能性が高い。

という結論になります。

*現在の東アジアの歴史は7、8世紀に書かれ文献が元になっているようですが紀元前の出来事は全く分かってなかったはずです。
アカホヤの大噴火が起こり日本列島から縄文人が渡って行ったとすれば根本的に考え直す必要がありそうです。

間違いその2.邪馬台国と卑弥呼が日本の成り立ちの出発点になっている。

邪馬台国と卑弥呼の存在は戦後にGHQが広めたものでした。
戦前までは古事記と日本書記が日本の歴史でした。
戦後GHQが日本統治に乗り出すと、
真っ先に天皇の歴史を否定したのです。

理由は2つありました。

一つは天皇の下で戦争を起したのですから、
二度と戦争を起させないようにするために、
天皇の権威を徹底的に失墜させることでした。

もう一つは日本の歴史がこんなに古いはずはない。
記紀は全くの作りばなしだというGHQの思い込みでした。

GHQはこれまで記紀をベースにしてきた日本の歴史学者を追放しました。
いわゆる公職追放です。
代わりに素人同然の歴史学者を登用し、
GHQの意に沿った歴史に作り替えさせたのです。

隣国中国の魏志倭人伝にある東夷伝から引用した、
邪馬台国と卑弥呼をベースにするよう命じたのです。

*中国人で日本国籍を持つ石平氏は次のように言っています。
『中国人は歴史が史実かどうかは重要ではありません。時の権力者が都合よく作る。
これが中国の歴史なんです。』

敗戦国である日本はGHQの意向に逆らえませんでした。
何ら検証することなく、
日本の歴史はGHQによって強制的に邪馬台国と卑弥呼をベースにさせられたのです。

後任の歴史学者は保身のため必死で邪馬台国の位置を模索しました。
それが九州説と畿内説です。
しかし戦後70年を過ぎても未だに解明されていないのが現状です。

一方卑弥呼ですが、
国内に卑弥呼を祀る神社は一つもありません。
日本人は尊敬される人物は必ず神社に祀ってきました。
同時に多くの伝承を残して子孫に業績を伝えてきたのです。

邪馬台国と卑弥呼は伝承も神社も存在しないのです。
すなわちその存在は未だ証明されていないのです。

私は元々理系の研究者でした。
理系の研究は証明が必要で、
多くの研究者の同意が得られなければ事実とは認定されません。

日本の歴史学会は、
全く証明できていない邪馬台国と卑弥呼を歴史として認定しているのです。
元理系研究者の私には全く理解できないことなのです。

では古事記と日本書紀はどうでしょうか。

これらは周知のとおり天武天皇の命によって作られたものです。
天武天皇は正しい歴史を後世に残したいという意思を示しています。
そのため2つのチームに時代をずらして調査させています。
これは2つの結果を突き合わせることによって、
その信ぴょう性を高めることが目的だったと考えられます。

それで生まれたのが古事記と日本書記です。

両者は基本的にほぼ一致していたのです。
特にメインテーマである神武東征は、
要した年数が異なるもののルートが一致しており、
数年前産経新聞の取材班がルートに沿って調査しますと、
記紀の記述以上の多くの伝承が残されていることが分かり、
作り話ではあり得ない事柄が多く含まれていることから、
神武東征は史実で、
神武天皇は間違いなく実在したと結論付けています。

ほぼ明快に証明されている記紀は作り話。
全く証明のできていない邪馬台国と卑弥呼は歴史の事実。

これがGHQの意向を未だに引き継ぐ日本歴史学会の見解なのです。

一度走り出すと戻れない。
おかしいと気付いても修正できない。
なぜなら歴史学者はこれまでの自身の研究を自らすべて否定することになるからです。

歴史学者は学者を名乗る以上勇気を持って軌道修正してほしいと思っています。
なぜなら学者は真実の追求が絶対条件でありかつ責務だからです。

*縄文や弥生時代は文字による記録がありません。
しかし地層や土器の年代と地域差の時代変化、
更には人や米の遺伝子解析が可能になったことから、
人や米の移動が推測出来るようになりました。
これまでの日本の古代の歴史認識は大幅に修正されるはずです。

最後にもう一言、

『歴史は歴史学者のものではなく国民全員の財産なのです。』


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