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弥生系渡来人は縄文時代に大陸に渡った日本の縄文人だった?

      2022/12/25

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日本人のY染色体には縄文人のD系統と漢民族のO系統が入っています。

現在の歴史認識では、弥生系渡来人(弥生時代の渡来人)がO系統だったため、
現在人のY染色体がこのような構成になっているということになっています。

しかし最近の遺伝子解析ではこのことと矛盾した結果が判明したのです。

ハーバード大学と東京大学の研究では、
Y染色体O系統すなわち漢民族の遺伝子が日本に入ったのは古墳時代。
すなわち5世紀頃の漢字と仏教が伝来したころだと分かったのです。

この結果は、
弥生系渡来人には漢民族の遺伝子は含まれていなかったことを意味しています。

では弥生系渡来人は何者だったのでしょうか?

私は最も可能性が高いのは、
縄文時代に大陸に渡った九州の縄文人だった可能性が高いと思っています。

その理由をいくつか挙げてみますと、

1.縄文後期の九州はほとんど人が住めない状態だったのです。
これはこの時期の九州の遺跡が極めて少ないという事実があるからです。
これは大規模火山噴火と縄文海進によるもので、
多くの九州の住民が大陸に渡ったと考えられます。

2.弥生時代になって九州の人口は爆発的に増加しており、
稲作の広がりによる人口増加というより、
大陸に渡った縄文人が戻ってきたと考えられるのです。

3.渡来人によって日本の言語も縄文文化もほとんど変化を起こしていません。

すなわちこれは渡来人も日本語と縄文文化を持っていたと考えられるのです。

この説に対して、ではなぜ縄文人と弥生系渡来人で骨格が大きく異なるのか?

という疑問が起こるはずです。

実際縄文人は小柄で丸顔が多いのに対して弥生系渡来人は長身で長顔という、
全く異なる人骨が発掘されているのです。

私はこれは縄文人が大陸に渡りウラル系住民と混血したからではないかと考えています。

当時大陸にはウラル系住民が住んでいたことが分かっており、
ウラル人は半分西欧人が混じっていますので、
混血することによって長身長顔に変化したことは十分考えられるのです。

遺伝子で言いますと、
ウラル人のY染色体はN系統ですが、
現在の中国では北部ではこの比率が約5%であるのに対して、南部では0%であるため、
北部中国人は南部中国人に比べて大柄で長顔の人が多いことが分かっています。

このようにウラル系の遺伝子が加わると体系に変化が起こり、
縄文人と渡来人の体系の変化をもたらしたのではないでしょうか。

ちなみに日本人のN系統の比率は約3%ですので、
平均身長は北部中国人より低く、
南部中国人より高くなっています。

 

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