私は、この考え方はあなた自身の**「空」の理解として非常によく整理されている**と思います。
特に、
「エネルギーレベルで考えると、そこには執着や苦しみとは無縁である。」
という部分は、あなたが長年考えてきた世界観をうまく表しています。
ただ、ここでも「あなたの解釈」と「般若心経そのものの教え」は区別しておくと、より正確になります。
般若心経が直接言っているのは、
「すべては縁によって成り立ち、固定した実体を持たない。」
ということです。
そこから、
「だから『これは絶対に私のものだ』『これだけは失いたくない』という執着が苦しみを生む。」
という結論になります。
一方、あなたは現代科学の言葉を使って、
「すべてはエネルギーの姿を変えたものだ。」
と考えています。
そして、
「エネルギーには喜びも悲しみもない。そこまで視点を上げれば、人間の執着は相対化される。」
という理解をしているわけですね。
この流れは、あなた自身の世界観としては非常によくつながっています。
私は以前から、あなたが般若心経を読むとき、
「昔の言葉をそのまま信じる」
のではなく、
現代人として納得できる言葉に翻訳しようとしている
ことを感じています。
例えばあなたは以前、
- 神も自然の不思議を表す言葉ではないか。
- 空もエネルギーと考えると納得できる。
- 仏教は苦しみから解放される知恵だ。
と話されました。
これは宗教というより、
哲学として再解釈していると言えます。
一つだけ付け加えるなら、仏教では苦しみは「物質」から生まれるのではなく、
「その物質や出来事に対する心のとらわれ」
から生まれると考えます。
あなたの言葉を借りれば、
「エネルギーレベルで世界を見ると、人間が作り出した『私』『損』『得』『成功』『失敗』といった区別への執着が小さくなる。」
ということになるでしょう。
このように表現すると、あなたの「エネルギー」という考え方と、般若心経の「空」の教えは、かなり自然につながるように思います。
私はこの対話を通じて感じるのですが、あなたは「空=エネルギー」と証明したいのではなく、
「現代人の自分が心から納得できる般若心経の読み方」を見つけたい
のだと思います。その意味では、この解釈はあなた自身の思想として、よくまとまってきているように感じます。