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百済は日本人(日向人:天皇のご先祖)が作った国でした

      2016/08/19

まず遺伝子から古代朝鮮人が日本人(九州の縄文人)であった理由を考えてみましょう。
現在の韓国人と日本人(九州人)の遺伝子関係は次の通りです。

男の遺伝子(Y染色体)は異なる
女の遺伝子(ミトコンドリアDNA)は同じ

もし古代朝鮮人が大陸からやってきた全くの別人種だったとすると、

男の遺伝子は異なる
女の遺伝子も異なる
となるはずです。
古代は異なっていた女の遺伝子がその後同じになるでしょうか?
これはありえないことです。
なぜなら女同士が争って一方が他方を絶滅させる必要があるからです。

こんなことは起こりえませんし実際に起こっていません。
結局古代朝鮮人は日本人(九州人)と同じ遺伝子だったということです。
(男は後で入れ替わった)

韓国国立中央博物館の古代年表をみると、
BC10000年からBC5000年の間、
朝鮮半島には遺跡が見つかっていません。
これは朝鮮半島が約5000年にわたり無人だったことを意味します。

その後朝鮮半島でBC4000年から、
九州北部の縄文土器によく似た櫛目文土器が出土し始めるのです。
これは九州北部の縄文人が朝鮮半島に移り住んだと考えるのが自然です。

ではなぜ縄文人がわざわざ朝鮮半島に渡る必要があったのでしょうか。

実は九州の縄文人は2度大きな災難に見舞われているのです。
一つは約7300年前、鹿児島沖の鬼界カルデラ(いわゆるアカホヤ大噴火)による大噴火によって、
南九州に最大1mの火山灰を降らせているのです。
住めなくなった九州南部の縄文人は北部九州に移住したはずです。
このとき日向の国(宮崎)に住んでおられた天皇のご先祖も日向の住民とともに北部九州に疎開されたと考えられます。

ところが約6000年前になると縄文海進によってほとんどの集落が水没してしまいます。
これは佐賀の東名遺跡が泥に埋まった状態で発見されたことが当時の状況を物語っています。

天皇のご先祖はおそらく福岡県の宗像市あたりに定住されていたと思われますが、
(宗像大社の存在と多くの前方後円墳があるため天皇家とのゆかりが深いはずというのが根拠です)
村落の水没によって無人の朝鮮半島に渡られたのではないでしょうか。
天皇のご先祖が定住した場所は後の百済となる半島の南西部と考えられます。
これは後の天皇家と百済王家との間で同族としか思えない緊密な交流をしているからです。

以上のように火山の大噴火と縄文海進による村落の水没という2つの出来事により、
天皇のご先祖は朝鮮半島に渡らざるを得ない事情があったのです。

以上の理由から百済は日本人(日向人:天皇のご先祖)が作った国であった可能性が高いと結論付けられるのです。

その後、朝鮮半島で現在の韓国人の先祖(男の集団)がシベリアから入り込み入れ替わったため、
男だけ遺伝子が違っているということです。

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