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長江流域にも高度な古代文明があった。

   

古代中国の文明といえば黄河流域に栄えた黄河文明が有名ですが、
最近の発掘調査で長江流域にも高度な文明があったことが分かってきました。

その代表が中流域の三星堆遺跡でこれは約5000年前に栄えていたため、
黄河文明に匹敵する文明を持つことで注目されているのです。
しかしこの場所はトウチャ族と呼ばれる少数民族の領地であるため、
中国の認める漢民族の遺跡ではないことが公表できない理由のようです。

実はこの一帯の遺伝子は基本的に日本人の遺伝子と一致しているのです。
人種を特定するGm遺伝子は松本秀夫氏によって解明されましたが、
アジアにおける分布を見ますと中国の北部と南部は大きく違っていて、
南部の遺伝子は台湾を含む東南アジアに広がっており、
北部の遺伝子は日本、韓国、モンゴル、シベリアまで広がっています。

トウチャ族の遺伝子は基本的に北部の遺伝子、
すなわち日本人と同じ遺伝子と考えられるのです。

三星堆遺跡は場所的には南部に属しますが、
この周辺の住民だけ北部の遺伝子を持っているため、
中国では少数民族の扱いになっているようです。

三星堆遺跡では精巧な青銅器のお面が出土しています。
これはトウチャ族の先祖はかなり高度な物づくりの技術を持っていたことを示しています。

中国は漢民族が作った国と言われていますが、
遺伝子的にみると中国を統一した秦の始皇帝の故郷の甘粛省の遺伝子とトウチャ族の遺伝子は同じなのに、
トウチャ族を漢民族でない少数民族と言っているのは矛盾しているような気がします。

遺伝子で見ると中国の歴史の舞台すなわち、
1.文明発祥の黄河流域
2.米作りの発祥の江南地方
3.秦の始皇帝の生まれた甘粛省
4.三国志の魏、呉、蜀の都である洛陽、建業、成都

これらの場所の遺伝子はすべて中国北部の遺伝子なのです。
今回これに少数民族と言われているトウチャ族の三星堆遺跡も含まれることになります。

実は私はこのトーチャ族は鹿児島から渡った薩摩人ではないかと思っています。
理由は日本人と同じ遺伝子を持っていることから、
7300年前に起こったアカホヤの大噴火で住めなくなった薩摩人の一部が、
大陸に渡ったと考えれば年代的に説明が付くのです。

薩摩人の大多数は九州北部に移動したと考えられますが、
一部が大陸に渡って揚子江をさかのぼり住み着いたのではないでしょうか。

上野原遺跡はツボ型土器や首飾りなど高度な出土品が出ていますので、
薩摩人とトーチャ族は高度な技術を持っていたことで共通しているのです。
中国北部の人間が南下して長江を遡ったと考えるより、
火山噴火で住めなくなった薩摩人が大陸に渡り、
さらに縄文海進のため長江を遡ったと考えるほうが自然な気がしますが、
皆さんはどう思われますか?


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