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中国の方が稲作の技術が先行した理由

      2016/11/04

畝を作り水を張って稲を栽培するという技術は、
中国の江南地方から伝わったと言われています。
稲の種類の多さや農機具の先行がその理由になっていますが、
私はこの理由を次のように考えています。

稲の栽培自体はプラントオパールの年代測定から、
約6000年前までさかのぼると言われています。
プラントオパールは日本各地で発見されており、
中には明らかに栽培されたものだと分かるものも見つかっています。

約6000年前は縄文海進の最盛期で、
海水面は現在より数m高かったことが分かっており、
現在の平野部はこの縄文海進が作ったと言われています。

葦はイネ科の植物であることから、
稲が湿地帯でも栽培可能だと気付いた当時の縄文人は、
本格的な稲作を始めたのではないでしょうか。

このころは一面が湿地帯だったため畝や農具も必要ではなく、
ただ植えて収穫するという作業だけだったため、
栽培の証拠が残らなかったのではないでしょうか。

今から3000年前以降になると縄文海進が収まり、
海水面が現在とほぼ同じになっていることから大地の乾燥化が始まり、
畝を作って水を張り湿地を人工的に作る必要が生じたのではないでしょうか。

畝や農機具が必需品になってから遺跡として残ったことにより、
日本の稲作は中国から伝わり、
弥生時代に始まったという誤解を生んだようです。

プラントオパールの年代から見て、
稲作の始まりの時期は日本と中国で大きな差はないと思われ、
稲作技術で中国の方が先行したのは、
単に大陸の方が大地の乾燥化が早かったからではないでしょうか。

日本は海洋国家で周囲を海で囲まれているため大地の乾燥化が遅れ、
結果として畝を作る必要がなかったことが、
畝を作って耕作するという稲作技術の遅れとなったと考えられます。

弥生時代になって日本も本格的に大地の乾燥化が進み、
先行していた中国の技術が日本に伝わったため、
すべての文明が日本より進んでいたという誤解につながったようです。

土器の年代や装飾古墳など中国より先進的と思われる遺跡が、
日本中で次々と発見される現状を考えると、
稲作技術の先行だけですべての文明が日本より中国が先行していたという、
従来の歴史認識は再考する必要があるのではないでしょうか。

少し話は逸れますが、
朝鮮半島の古代遺跡から見つかる人骨は形態学的にも遺伝子の型から見ても明らかに日本人であるのに、
未だに渡来人という明らかに日本人ではないかのような表現が用いられているのは、
それを認めたくない学会の力が働いているとしか思えません。

学問は真実を追求しなければ学問とは言えません。
政治的な力や一部の権威が影響を与えるような状況は、
先進国の学問とはとても言えないと思いますが皆さんはどう思われますか。


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 - 古代日本史, 歴史