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古代の朝鮮半島は日本の一部だった

   

古代に於いては日本という概念はありませんでしたので、
ここでは朝鮮半島の住民は九州から渡っていった縄文人だった。
ということだと理解してください。

まず言葉から考えてみましょう。
九州と朝鮮半島では古来より頻繁な交流があったことが分かっています。
しかし言葉の障害を伺わせる資料が一切出ていないのです。
これは共通の言葉で話していたのではないかと考えられています。

また戦前アメリカの言語学者が、
日本語のルーツは高句麗にあったと発表しています。
特に数字は4つ一致していて、
これは偶然ではあり得ないことだそうです。
半島の一番奥の高句麗の言葉が似通っていたのですから、
九州に近い新羅や百済も日本語に近かったのではないでしょうか。

ただ日本語ではなかったという記述もないわけではありません。
続日本紀に新羅との交渉のため若者に新羅語を習わせたという記述があります。
ただしここで言う新羅とは統一新羅の時代です。

日本の言語学者が新羅語は初めは日本語に近かったが、
後に韓国語に近くなったと言っていることから、
ある時点(私は白村江の戦ではないかと思っています)で、
民族が入れ替わったのではないかと考えられます。

通常の状態で人は言葉を変えるはずはありません。
支配者が異民族に代わったため言葉が変わったと解釈できます。
しかも変化したのは新羅語だけなのです。

もしそうだとすると、
新羅、百済、高句麗はもともとすべて日本語だったと考えられます。

次に遺伝子で考えてみましょう。
現在の日本人(九州人)と韓国人の遺伝子関係は、
男の遺伝子(Y染色体)は異なる
  (日本人にはDがあるが韓国人にはない)
女の遺伝子(ミトコンドリアDNA)はほぼ同じ
という関係になっています。

古代朝鮮半島の住民が日本人でなかったとしますと、
男も女も遺伝子が違っていたはずです。
ところが今は女はほぼ同じなのです。

同じだった遺伝子が時代と共に違ってくることはあり得ますが、
逆に違っていた遺伝子が同じになるはずはありません。
従って古代朝鮮半島の住民が同じ遺伝子すなわち日本人でないと、
現在のような遺伝子関係にならないということです。

実際に朝鮮半島の遺跡から出土する人骨の遺伝子は、
日本人だけが持つY染色体のD系統が検出されており、
古代朝鮮半島の住民は日本人だったと遺伝子からも言えるのです。

最後に土器の年代です。
朝鮮半島では約7000年前以前の地層から土器が見つかっていません。
約6000年前以降から櫛目文土器が出土しているのです。
一方九州では7000年以前の縄文土器が見つかっています。
しかし約6000年前に起こった縄文海進の頃の縄文土器は、
ほとんど見つかっていません。

九州で縄文土器が無くなったすぐ後から、
朝鮮半島でよく似た櫛目文土器が出土し始めるのは、
縄文海進で水没した集落の住民が半島に渡った証拠と考えられます。

縄文海進は朝鮮半島でも起こったのだから、
半島に渡る理由にはならないだろうと思われるかもしれません。
私はこの原因は葦にあったと考えています。
葦は熱帯から温帯にかけての植物ですので、
朝鮮半島では自生できません。
朝鮮半島で縄文土器が作れなかったのは、
葦を材料とした縄が作れなかったからだと考えられます。

また葦の広がりは岩場を奪って、
貝や海藻を減少させたと考えられます。
丸木舟で漁に出かけるときも葦の茂みは相当な邪魔になったはずです。
縄文海進で九州の平野部は一面は葦で覆われたはずですので、
葦が無いため食材の確保が容易だった朝鮮半島に、
生活の場を移したのではないでしょうか。

いかがでしたか?
言語、遺伝子、土器の年代のいずれも、
朝鮮半島の住民は日本人だったと証明しているのではないですか。

もしそうではないと主張される方は是非反論を投稿してください。


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