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科学と宗教は対極にあるのか?

   

私は若い頃は科学万能の思想を持っており、
宗教と科学は相容れない対極の存在と考えていました。
そのため宗教に頼る人を軽蔑した目で見ていたのです。

しかし世間に出て様々な困難に出くわしたとき、
人間の能力には限界があることを知り、
宗教について真剣に考えるようになりました。

宗教と科学の違いはその価値観の違いでした。

科学は嘘があってはいけません。
真実の追及が科学の絶対的な価値観なのです。

それに対して宗教の価値観は幸せの追求です。
そのためには嘘や方便があっても構いません。
『嘘も方便』とか『イワシの頭も信心から』という言葉があるように、
信じることが基本なのです。

もともと阿弥陀様も観音様も実在しているわけではなく、
信仰の対象として作り出されたものです。
正に『嘘』の方便なのです。

しかし宗教の価値観は幸せの追求ですから、
阿弥陀様や観音様を信じて心が安らぎ、
幸せが手に入れられるのなら何の問題もないのです。

我が国初のノーベル賞受賞者である湯川秀樹博士は、
中間子の発見のヒントが般若心経だったと述べておられます。
般若心経は仏教を代表する最もポピュラーなお経で、
実在しない観音様(観自在菩薩)が主人公のお経なのです。

博士は宗教と科学を対極と見ていなかった証拠です。
宗教と科学を区別することのない柔軟な頭脳を持っていたからこそ、
博士は偉大なノーベル物理学者になれたのかも知れません。

一見相容れないような思想も、
よくよく考えれば価値観の違いであって、
両立して何ら問題のないことも多いのです。

一番いけないことは枝葉末節的なことを意地になって論争し合うことです。
歴史的に多くの宗教戦争が起こっています。
どのような宗教も幸福を追及するという共通の目的を持っていながら、
教義の違いで反目し合ったり争ったりするのは、
誠に愚かというしかありません。

宗教は幸福の追求。
科学は真実の追求。

で完全に共に成り立っているのです。
大切なのは世の中に存在するものはすべて意味を持っており、
それを如何に自分の生活に取り入れていくかではないでしょうか。
自分の感覚に合わないと言って初めから受け入れないことは、
心が狭いと言うことではないでしょうか。

まずは柔軟で寛容の心を持つことが大切なのです。


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