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邪馬台国と卑弥呼が実在しないと思われるこれだけの理由

      2019/12/05

日本の歴史は邪馬台国と卑弥呼から始まったことが定説になっています。
しかし未だにその場所すら解明できていないのです。

私は理系の研究者と教育現場をそれぞれ約15年間経験した中で、
研究者としての真実の追求の重要性と、
間違った教育の弊害を身をもって感じてきました。

私は高校で日本史を専攻していなかったのですが、
退職してから、

古代日本の歴史、特に神話の時代の天皇の本当の歴史が知りたくて、
勉強を始めたのです。

すぐに邪馬台国と天皇家の歴史が重なっていて、
両者が並立しないことから、
どちらかが嘘でないと歴史として成り立たないことに気付いたのです。

日本の歴史は天皇家の権威を失墜させたいというGHQの意向を汲んで、
天皇の歴史である記紀を神話の作り話、
邪馬台国と卑弥呼のほうを史実とした歴史が作られていることを知ったのです。

*嘘の情報は複数の人が体験していませんので、
例え一時的に広まったとしてもやがて消えてしまいます。
しかし実際に起こった事件は、
複数の人が体験して互いに話し合ったり子供に語り継いだりしますので、
消えずに後世まで伝わることになります。
ただ例外として全くの嘘が後世まで伝わることがあります。
それは学校教育です。
先生が教えますと例え嘘でも子供の脳に刻み込まれます。
その知識は低学年ほど強く常識として残ります。
それが戦後のGHQによる洗脳教育です。

私は遺伝子の勉強までして、
日本人のルーツから大和朝廷の成立までを検討したところ、
天皇家の歴史は完全につながるのに対して、
邪馬台国と卑弥呼は完全に浮いてしまい、
どこにも組み込めないという結論に至ったのです。

日本人は重要な出来事は伝承として、
大切な人物は神社に祀ることによって、
その存在を後世に伝えてきました。

ところが邪馬台国と卑弥呼は魏志倭人伝に記載されているだけで、
日本国内に一切の伝承も卑弥呼を祀る神社も存在しないのです。

ここではこのことを含めて、
邪馬台国と卑弥呼が実在しないと思われる理由をいくつかあげたいと思います。

1、記紀に記述が無いだけでなく、日本国内に伝承が全く残っていない

2.邪馬台国の邪は邪道の邪、卑弥呼の卑は卑劣の卑と言うように、
軽蔑した漢字が使われている。

3.邪馬台国の位置が特定されていない

4.卑弥呼が祀られていない

5.争っていたといわれる30か国も特定できていない

*記載された国についてはここではないかという候補地はあるようです。。
しかし互いに争ったという伝承が無ければ証明されたことにはなりません。
なぜなら住民にとっては国名はどうでもいいことで、
争いがあったか無いかの方がはるかに重要だからです。
例えば2人が会話したとします。

A:この辺で大きな争いがあったらしいよ。
B:どれくらいの争いだったの?
A:30か国くらいの大きな争いだったみたい。
B:どこが勝ったの?
A:卑弥呼と言う女王が統治した邪馬台国と言う国が勝ったらしいよ。

というようにまず争いがあったことが伝説として残るはずです。

6.それらの国名にも奴隷の奴のような悪い漢字が付けられている

7.大和朝廷との繋がりが分からない

8.魏志倭人伝の作者である陳寿が古代日本の内情を知っていたとは思えない

これで分かるように、
何一つ存在を実証できるものが無いということです。

理系の研究はまず事実の証明が必要で、
さらに多くの研究者からの支持が無ければ事実として認定されません。

ところが邪馬台国と卑弥呼は、
ただ魏志倭人伝に記載されているだけで、
その証明が全くなされていない段階で事実として認定されているのです。

理系出身の私には全く理解できないことです。

立証されていないことを史実として確定する。
これは疑わしきは罰せずという法の精神にも反することではないでしょうか。

少なくとも教科書には、
邪馬台国と卑弥呼を歴史の真実として記載するのではなく、
魏志倭人伝に書かれているというくらいに止めるべきだと考えますが、
皆さんはどう思われますか。

*私は宗像市にある歴史館の数人の学芸員に邪馬台国の存在についての意見を聞いてみました。
その結果ほとんどの方がその存在に疑問を持っているということでした。
それならなぜ世間でこのような疑問が湧きあがらないのか不思議に思っています。
子供のころに学んで常識として定着したものを覆すのがいかにむつかしいかを実感しています。


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