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戦前の日本とアメリカは互いに誤解しあっていた

      2021/06/08

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戦前日本では鬼畜米英と言って、
アメリカとイギリスは鬼畜のように獰猛な国だという教育が行われました。

沖縄戦で看護要員として動員された240名の多くが戦死しましたが、
残った10人ほどは捕虜になると鬼畜の米兵に何をされるかわからないという恐怖から、
集団自決するという痛ましい悲劇まで起こっています。

   *一般にひめゆり部隊と呼ばれています。

実際は捕虜は処刑されることは無かったのですが、
誤解に基づく嘘の教育が悲劇を生んだということです。

一方アメリカでも日本人は野蛮な民族で、
刀で平気で人を殺傷するといった間違った教育が行われたのです。

これは戦後マッカーサーの証言で明らかになりました。

日本人は野蛮な民族だという教育を受けたと証言したのです。

終戦直後有名な昭和天皇とマッカーサーの会談が行われました。

日本人を誤解していたマッカーサーは昭和天皇を出迎えることもなく、
横柄な態度で会談に臨んだのです。

昭和天皇が命乞いに来たと思っていたマッカーサーは、
戦争の責任はすべて自分にあります。
自分の身はどうなってもいいから国民を助けてほしい。
そのことをお願いするためにやって来ました。

という昭和天皇の言葉を聞いて驚きます。

マッカーサーは昭和天皇について、
これほどの紳士は見たことがないと述べています。

マッカーサーはこの会議によって天皇と日本国民は、
よくある独裁者と虐げられた国民の関係ではなく、
相互が信頼しあった関係であることを知ったのです。

これによってマッカーサーの受けた嘘の教育が間違いと分かり、
あれほど横暴な態度をとっていたマッカーサーは、
会談後玄関まで見送り、
まるで従者であるかのように陛下を見送ったと言われています。

2人の間での会談の中身は公言しない約束が交わされました。

そのため日本の高官たちは、
なぜマッカーサーの態度が急変したのか不思議に思ったようです。

昭和天皇はマッカーサーとの約束で、
会談の中身を最後まで明かされませんでしたが、
マッカーサーのほうが中身を明かしたことで明らかになったのです。

マッカーサーは日本国民を飢えさせないという昭和天皇との約束を守り、
おびただしい食料を本国から輸送したのです。

恐らく昭和天皇とマッカーサーの会談がなかったら。
また昭和天皇が命乞いをしていたら、
日本中に多くの餓死者が出たことは間違いありません。

しかしこのような重大な会談について、
メディアの報道でも学校教育でも取り上げられることはなく、
ひたすらGHQの方針に基づいた嘘の反日報道と反日教育が続けられたのです。

私は大学生の時このことを知らされ、
いかに戦後教育が自虐史観に基づく偏った教育であるかに怒りを覚えたのです。

もっと真実を教わっていたら、
日本人としての誇りが持てたはずなのです。

普通は嘘でも自国をたたえるのが国家であるはずなのに、
日本は嘘で自国を貶めているという何とも不思議な国と言えるかも知れませんね。

   *間違った教育がいかに怖いかがお分かりいただけたはずです。
    現在韓国で行われている反日教育も正すべきです。
    子供のころに刷り込まれた間違った認識は、
    大人になってもなかなか修正できません。
    ネットが改善してくれることを願っています。

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