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なぜ信長は天下を取ることができたのか

      2021/06/16

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信長が天下を取ることができた理由として司馬遼太郎は、

1.経済を重視した
2.能力主義で人を登用した
3.鉄砲などの最新技術を活用した

などを上げています。

これらは他の戦国武将には無い信長独特の感性で、
大いに納得させられる理由だと言えます。

私がもう一つ上げるとすれば、
信長の行動力だと言えます。

代表的なのが桶狭間の合戦です。

今川義元との対戦で、
家来の多くが籠城を進言しました。

これは戦力の劣りを城でカバーするのは戦略上のセオリーだったからです。

しかし信長はこの進言を無視し、
先頭に立って敵に突っ込んで行ったのです。

結果的にうまくいきましたが、
一か八かの無謀な行動であったことは確かです。

信長もこのことはよく分かっており、
その後の戦闘ではこのような無謀な戦略は取っていません。

しかしこの行動は家来たちに多大な精神的なインパクトを与えたはずです。

大将が命がけの行動をするなら、
自分たち家来も命がけにならなければならないと思ったはずです。

これは現代の企業戦略にも通じていて、
社長が社長室に籠って部下に指示を出すような会社は大概発展しません。

社長自らが部下の先頭に立って汗水流す企業は成功する可能性が高いのです。
それは部下が奮闘せざるを得ないからです。

信長も城に籠って指示だけ出していたら、
おそらく桶狭間の合戦の勝利は無かったのではないでしょうか。

自ら手本を示す。
子供は親の背中を見て育つと言いますが、
子供の教育にも当てはまる重要な要素だと言えるのではないでしょうか。

最後に余談を一つ紹介します。
日露戦争における日本海海戦の時、
戦艦三笠の艦長である東郷平八郎は、
危険だから船内にという部下の勧めにも関わらず看板に立ち続け、
敵艦の砲弾の水しぶきを受けながら指示を出し続けたそうです。
戦闘が終わったとき、
水に濡れてない東郷の足型が残されていたそうです。
日本の命運を背負った東郷の命がけの気概を物語る話です。
なぜ日露戦争に勝利したか分かる気がします。

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