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日本人の起こした奇跡、日露戦争

   

日本は幕末まで鎖国政策をとっていたため、
西洋の人たちは日本についての情報がほとんどなく、
単に東の端にある未開の国という印象しか無かったようです。

背が低く貧相な日本人の姿から口の悪い人は東洋の猿の国という言い方をしており、
西洋人には単に風変わりなアジア諸国の一つに過ぎないと思っていたようです。

その評価を一変させたのが日露戦争でした。

明治維新から数十年後、富国強兵を進めていた日本は利害で対立したロシアと戦争になりました。
当時ロシアはヨーロッパの大国の一つだったのに対し、
日本は極東の小さな島国で、
ヨーロッパの人たちはこれを大人と子供のけんかのようなものだと見ていました。

富国強兵と称し、ヨーロッパのまねをして中古の軍艦を買い集めている日本の姿を、
野蛮国の猿真似にすぎないと思っていたのです。
ほとんどのヨーロッパの人たちは、当時最先端の軍艦で構成されたバルチック艦隊を有するロシアが、
一方的に勝利することを疑う者はいなかったのです。

いざ海戦が始まった時、ヨーロッパの人たちにとって信じられない報告をうけたのです。

日本の一方的な勝利によりバルチック艦隊が壊滅したという報告でした。
はじめは信じなかったヨーロッパの人々も、これが事実だとわかると、
重大な関心を持って状況分析を始めました。

すると、日本による恐るべき作戦が展開されていたことを知ったのです。

まっすぐ直進してきた日本艦隊は、バルチック艦隊の直前で突然方向を変え、
不利な体勢とされた軍艦の側面を敵に向けたのでした。
バルチック艦隊の乗組員はあまりのお粗末な作戦にあきれ、
『やはり猿だ、作戦の基本すら理解していない』
と笑う者もいました。
ところがそののち数十分間の間にバルチック艦隊は次々に沈められていったのです。

その後の研究の結果、
ヨーロッパの人にとってそれまで常識外れと思われていたこの作戦が、
実は最もすぐれた作戦だとわかりました。
丁字作戦いわゆる東郷ターンと言われたこの戦法は、
体制が整うまでは危険が伴いますが、
いったんこの体制が出来上がると3対1の体勢になって形勢が逆転するのです。

この時初めて西洋人は日本人の頭の良さに驚かされたのです。
バルチック艦隊が壊滅したのに対し日本艦隊の被害はわずかでした。
これについてイギリスの軍事評論家によって、
『国同士の海戦でこれほど一方的な勝敗は聞いたことがない。
まさに奇跡としか言いようがない。』
という記録が残されているそうです。

ロシア敗北の原因はいろいろあるでしょうが、最大の原因は、
相手を見くびり圧倒的有利を確信することからきた油断でした。
逆に日本側はバルチック艦隊を過大評価し、
敵艦を想定した軍事訓練を徹底して行ったのです。

当時ロシアから圧迫を受けていた東ヨーロッパの人たちは、
日本人の起こした奇跡を喜び、
最高司令官であった東郷平八郎は、
本国以上に英雄として今なお尊敬されています。


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