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倭国大乱は無かったのではないか?

      2020/08/01

魏志倭人伝によりますと、
古代日本は大いに乱れ、
諸国がお互いに争っていたという、
いわゆる倭国大乱の記述があります。

不思議なことに、
そのことについて日本国内には明確な伝承が残っていないのです。
それだけでなく、
大乱が起こったのならおびただし損傷人骨が発見されてもよさそうです。

確かに青谷上寺地遺跡のように、
北部九州から山陰地方にかけて損傷した人骨が発見されています。

私はこの損傷は日本人通しが争った傷ではなく、
中国大陸から逃げ帰った人たちのものではないかと思っています。
人骨の遺伝子解析の結果、
彼らのほとんどは渡来人だったことが分かってきたからです。

私が他の一連の記事で主張しているように、
縄文時代に火山噴火と縄文海進によって縄文人が大陸に渡り、
弥生時代になって大陸に生まれた秦の始皇帝によって迫害を受け、
損傷を受けて日本に逃げ帰った人たちではないでしょうか。

弥生遺跡は環濠で守られていますが、
これは集落通しの争いのためではなく、
中国からの攻撃に備えるためだったと考えられるのです。

後に起こった白村江の戦いの時、
戦いに敗れた中大兄皇子は、
唐と新羅の連合軍が日本に攻めてくることを恐れ、
北部九州に水城を作ったり、
首都を難波からより安全と思われる近江に移すなど、
防衛を強化しました。

弥生人も同様の心境で中国からの攻撃を恐れて環濠を作ったと考えられるのです。

もし日本人同士が争った倭国大乱が本当にあったのなら、
戦争の傷跡や多くの損傷人骨、
なによりそれにまつわる伝承が多く残っているはずです。

ところが日本国内には倭国大乱の明確なそれらしい証拠がほとんど残っていないのです。

このことを考えますと、
山城や環濠集落は日本人通しの争いのためではなく、
大陸からの脅威に備えたと考えた方がいいような気がします。

  *出雲の荒神谷遺跡で見つかった358本の銅剣も国内の争いのためではなく、
   中国からの侵略に備えて用意されたものだと考えれば納得がいきます。

そもそも魏志倭人伝は本当に信用できるものなのでしょうか。
作者の陳寿の経歴を見ますと、
とても日本の状況を知りうる立場の人ではないことが分かります。

日本に帰化した中国出身の石平氏によりますと、
中国は平気で歴史を改ざんする国だそうです。

国民性はそう簡単に変わるものではありません。
古代の中国の文献に間違いがあるはずがない。
と決めつけていいものか、
私は大いに疑問を持っています。

最後に一言。
文献は書く人の立場によって大きく変わることがあります。
客観的事実を記しているとは限らないのです。
文献は年代測定や遺伝子解析と言った科学的検証に比べて信憑性ははるかに低いはずです。
古代の文献はあくまで参考に過ぎないと言う位置付けにすべきではないでしょうか。

余談ですが文科省の教科書検定員に北朝鮮のスパイが入っていたことが判明しました。
長年こんなことを許してきた日本ですから、
まともな教科書ができるはずはありませんよね。
もっと国民は怒りの声をあげるべきではないでしょうか。


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 - 古代日本史, 歴史