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魏志倭人伝は作り話なので今後100年たっても邪馬台国と卑弥呼の証拠は出てこない

      2021/04/27

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私がこのように確信をもって言い切れるのは、
魏志倭人伝を真実とするにはあまりにも不自然だからです。

まず作者である陳寿の経歴です。
彼は確かに歴史の研究はしていましたが、
日本を含む周辺国に取材に行った記録は無く、
おそらく魏志倭人伝は縄文時代に大陸に渡った日本人と接触して、
想像で書いたと思われます。

  *日本人の特徴をけっこう言い当てていますので、
   日本人と交流があったことは間違いないでしょう。

  *遺伝子解析で中国人(漢民族Y染色体O系統)が日本に入ったのは、
   漢字と仏教が伝来した5、6世紀以降であることが分かり、
   2、3世紀の日本の情報は全く得られていないはずです。  

日本人の性格や生活のことが書かれていますが、
かと言って縄文時代に大陸に渡った日本人が弥生時代の日本を知るはずはなく、
倭国大乱もそれを収めた邪馬台国と卑弥呼も創作としか思えないのです。

その証拠が日本国内に全く伝承が残っていないことで分かります。

日本には様々な伝承が残っていて、
重要な人物は必ず神社に祀られています。

ところが倭国大乱を収めたとされる、
古代の英雄であるはずの卑弥呼はどこにも祀られていないのです。

これは卑弥呼は実在しなかったという何よりの証拠です。

   *卑弥呼は三韓征伐で有名な神功皇后では無いかという説があります。
    確かに3世紀という年代的な一致はありますが境遇は全く異なります。
    国内で倭国大乱が起こってしかも三韓征伐をする。
    記紀に三韓征伐の記述があるが倭国大乱の記述はない。
    どう解釈しても倭国大乱と卑弥呼の存在は不自然です。 

邪馬台国と卑弥呼を論じる前に、
そもそも倭国大乱は本当にあったのかという疑問です。

もし30か国も争っていたならどこかに伝承が残っているはずです。

戦争は多くの人が影響を受けます。
その経験が一つも伝承になっていないことはあり得ないことです。

さらに大戦は多くの痕跡を残します。

損傷した遺跡。
傷ついた人骨。
武器の破片。

などですが、
日本国内には倭国大乱を伺わせるこれらの痕跡が一つも残っていないのです。

鳥取の青谷上寺地遺跡で100体以上の損傷人骨が発見された時、
倭国大乱の証拠ではないかとされたことがありましたが、
遺伝子解析の結果ほとんどが渡来人だということが分かり、
国内で起こった戦乱のせいではないことが分かったのです。

これを見ても、
国内で起こったと思われる戦争の痕跡は全く見つかっていないのです。

伝承もない。
戦争の痕跡も発見されていない。

これでどうして倭国大乱があったと言えるのでしょうか。

歴史学者にはぜひ倭国大乱の明確な証拠を示していただきたいものです。

もしそれができなければ、
魏志倭人伝そのものが作り話である可能性が高いと認め、
倭国大乱も邪馬台国と卑弥呼の存在も、
教科書の記述から外すべきではないでしょうか。

  *倭国大乱と同時期と思われる(記紀ではもっと前)神武東征は、
   ルートに沿って多くの伝承や祀られた神社が残っています。
   しかし日本では痕跡のない倭国大乱を史実。
   多く痕跡の残っている神武東征を神話の作り話ということになっています。
   これほどおかしな話はありません。

古代の歴史は国の出発点ですから、
日本という国の成り立ちの最も重要なファクターです。

それが間違っているとなると歴史の根底が間違っていることになるのです。

あいまいなことは歴史にしない。

その精神がなければ正しい歴史を引き継ぐことはできないだけでなく、
それを学ぶ子供たちに嘘の歴史を教えることになるからです。

古代史は間違っている。
近現代史は教えない。

これが日本の歴史教育の現状です。

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 - 古代日本史, 歴史